甘味小話
今年は秋になっても高温が続き、暑さに疲れた体に甘い物が沁み渡ります。将棋の棋士が食す勝負おやつが話題に上る昨今、皆さんはどんな甘いものがお好きですか?
こと将棋に於いては思考が勝負、脳のエネルギー消費は大変激しく、常にエネルギー源であるブドウ糖が求められます。甘味や食事をしっかり摂るのも頷けます。ブドウ糖の固まりであるラムネを愛用する棋士もいらっしゃるとか。
一方、単なるエネルギー源だけでなく、甘いものを食べると幸せな気持ちになる方も多いと思います。甘い味は脳の快適中枢を刺激し、「β-エンドルフィン」というホルモンが分泌され、それによりストレスを和らげたり、心地よさを感じたりといった効果が生まれます。
将棋と同じく脳の思考の産物である文学、中でも夏目漱石と正岡子規は、大の甘党でした。
夏目漱石はお酒が飲めず、ストレス解消に甘味を求めました。神経衰弱や胃潰瘍を患った気難しい文豪を癒したのは、最中や団子、カステラといったお菓子。日本の物に留まらず、パンや砂糖入り紅茶を楽しみ、アイスクリームは家人に作らせて味わいました。『吾輩は猫である』に出てくる苦沙弥先生は、ひと月にジャムを8瓶も消費して細君に小言を言われますが、漱石自身の日常が投影されています。ちなみに、ジャムは塗るのではなく、直接スプーンですくって舐めていたそうです。甘党の真髄を見る思いです。
漱石の友人である正岡子規もまた、旺盛な食欲で甘味を平らげ、たくさんの俳句を残しました。病床で綴った日記『仰臥漫録』には、自ら描いたあんパンのスケッチがあり、好物だったことが伺えます。結核に侵され体は膿み、蠅のたかる壮絶な病床で、痛い痛いと涙しながら頬張ったあんパンは、ひととき現世の苦しみを忘れ、心慰める瞬間だったことでしょう。
類稀なる才能で数々の名作を残した文豪二人ですが、多くの病に加え、糖尿病も患っていたとされています。治療薬の鍵となるインスリンが発見される前の時代、極端な食事嗜好が病気に影響したのは否定できません。
凡人にとって口福をもたらす甘味は、ほどほどが良いようです。